急遽 出張


 

 

飛行機で10時間。マイナス2度。日本人はほとんどいない。

7,8年前から希望して、何度かトライした仕事がようやく・・

美しい仏の里帰り。




 

東京名物古本まつり

 

 「この機会に古書のディープな世界をお楽しみください!」と女性アナウンス。バックミュージックになぜかオペラが流れる。神保町地下鉄の階段を見上げるとすでに見える青空市の屋台は、古書店街に延々と続く。そこいらに懐かしい昭和の雰囲気が漂っている。
初日に暗くなるまで歩いて、喫茶”
さぼうる”でひと休み。

 

ルイジ・ギッリ『写真講義』

夏休み後、久々に業者会に参加し、縄文土器、古鏡、金銅仏など・・楽しいもの数点仕入れました。明日は別な会の下見なので早く寝よう・・と思いつつ、イタリアの写真家・ルイジ・ギッリ「写真講義」を読み返す。光についてや、写真の可能性には共感するところが多い。先日のイタリア旅行でのモランディのアトリエ、建造物や街並み、早朝の光で観たアッシジのジョットなどを思い出しながら読むとさらにルイジ・ギッリの考えたことが近く感じる。500年前は一人が一生に見るイメージ(画像)は500枚ぐらいで、今は1日に500枚だそうだ。(もっとのような気がする)
そういえば、今日の業者会も数百点は出品されていたし、明日はおそらくその何倍か?
なるほど・・目が疲れるはず・・明日に備えておやすみなさい。



忘却の河

 レーテー。「忘却」はタナトス(死)とヒュプノス(眠り)の姉妹。冥府の河の名前で、死者はこの水を飲んで現世の記憶を忘れるという。(ギリシャ神話)

 福永武彦とヘルマンヘッセは父の愛読書だ。私はそれぞれ2・3作読んだきりだったが、父はすべてを読み、そのうちのいくつかを何度も読み返していた。

最近「忘却の河」福永武彦著を読んで衝撃を受けた。特攻隊の生き残りの父が、自身の人生と重ね合わせて読んでいたであろう内容だったからだ。

日常においては時折“忘却の河“を彷徨って周囲を驚かせる(苦笑)父だが、最近のニュースを聞きながら昔はほとんど口にしなかった戦時中の話や戦死した仲間について鮮明に語るようになった。

その時に“自分は一度死んだ”と言うのは父の実感であり、この小説に書かれている言葉でもある。

 

“私はもし出来たなら何もかも忘れたいと望んでいる男だ。よく小説の中にあるように、過去の記憶を喪失して必死にそれを探し求めている人間の運命を選びとることができたなら、私は悦んで今のわたしというものを擲ちたい”

―(忘却の河より)

 

多くの戦争経験者が「忘却の河」の水を飲み、自由で平和で豊かな国を夢見たであろう。しかし、わだつみの声に耳を傾けることを、忘れたわけではなかった。

 

私には実感がなく薄っぺらな言葉になってしまう。自分の言葉で表現できなく、この程度の事をここに記すことしかできない歯がゆさを感じる。

父は88歳。ほとんどの戦死者たちの母たちはすでにいない。

実感のある真実の声はもう届かないのだろうか?




 

石の世界

須弥山の瑠璃のみそらに刻まれし大曼荼羅を仰ぐこの国―『歌稿A

宮沢賢治の文には法華経や無量寿経の影響を感じるものが多い。鉱物は浄土の宝石であり、賢治は自然の事物にそれらを重ねて表現する。


私はいつか美しい瑠璃(ラピス)を手にしたいと、時折近所の鉱石ショップを覗いている。

平安の紺紙金泥経の扉絵のような深い青。もともと鉱物の瑠璃のイメージが仏の世界の色として表現されたのではないか?―賢治もそのように感じたに違いない。

石の話は尽きない。思い出深い水晶に虹の入った古墳の勾玉。

遠くからでも翡翠とわかるような曇りのない琅玕*の勾玉も美しいが、白にほんのり緑が混じっているのも雲みたいで好きだ。

 

つめたい琅玕*の波を踏み冴え冴えとわらひながら

こもごも白い割り木をしょって・・・『詩 発動機船』


*琅玕(ロウカン)は透明度の高い青緑色の翡翠



 



春惜しむ

 
”白っぽくスッキリと、やさしいけど甘くなく”というあいまいな希望に見事にこたえてくれました。表具が出来上がって広げるときは少し緊張します。
いつもは1回か2回必ず布合わせをするのですが、「これは、お楽しみで」という表具師Kさんの自信満々な笑顔に、このたびはゆだねたのでした。

ふちに色あせた更紗を柄が見えないくらいに細くまわす。甘さ控えめで上品なバランス。私なら白木にしたと思う軸先に、ベージュの練り上げのやきものの意外さが嬉しいです。

書は俳人の小澤實氏にお願いして書いていただいた春の句です。
はじめて”ハナ”を見て”はな”と名づけた人に贈る句としてつくられました。
野菊のようなハナだったのでしょうか。

今晩は久しぶりの句会。

句題は春惜しむ・・今年の春はNYと東京で4回の展示会やFairがあり、忙しかったですが楽しかった・・そんな賑やかな春を思い出しつつ・・・。


背もたれに抜けがらドレス春惜しむ






小澤實氏の句。


東寺でひなたぼっこ

業者の交換会(古美術商の仕入れのための会)に参加するために京都へ行きました。
朝、目が覚めると素晴らしい天気です。

そうだ、午前中は東寺に行こう!この時期は五重塔が公開されています。

金堂や講堂の仏像を眺めたあとは宝物館の展示へ行き、観智院で勧進写経をしてお抹茶をいただくというフルコース。

帰りがけにお堀をのぞいたら、鷺と亀が仲良くひなたぼっこをしていて、傍で鯉が元気よく泳いでいます。

それぞれには古美術のモチーフとして見かけますが“もし、こんなふうに一堂に会したら・・あまりセンスのいいものでないだろう”・・などと、ついくだらないことを考えてしまいました。

自然と笑顔になれる光景はいいですね。


そうそう、会の下見に急がなくては・・。

鷺を中心に狭い範囲に集まる亀と鯉。”どうしてこんなに沢山”・・見ていると、笑いがこみあげてきます。

なんともくどい(?!)光景ですが・・鯉とぶつかりそうになりながら泳いでいる亀(右)

に親近感を感じる。

亀は並んでひなたぼっこ。



 


パリ

 

初日からずっと同室だったAさんが一足先に帰国することになり寂しくなりました。

男性陣はいろいろ組みかえをしていたようですが、女性の一人参加は2人だけなのでずっと一緒でした。

そうだ、時計を忘れた私は毎朝Aさんのモーニングコールをあてにしていたのです。

明日は誰も起こしてくれない。目覚ましもない。忘れないうちにフロントへ電話。

なんだっけ・・

「(とりあえず気合!)ボンジュール!ジュ・ブレ・・ム・・え・・アナぺ・・え・・ウェイクアップコーらぁ6:30!」

「わっかぁ〜りました」とフロント。さすがパリ。

 

Aさんが帰国間際にスーツケースに荷物を詰めながら

「私の薬を置いていってあげましょうか?」と言ってくださったのを思い出した。

しまった!あの時「大丈夫。あと少しだから」などと言わずにいただいておけばよかった。

私だけが食べたものは・・昨日のルーブル美術館の生野菜サラダだ・・最終日にきてお腹がさしこむように痛い。たぶん、普通の胃薬では効かないだろう。

これから10時間以上の飛行で降りたら仕事の約束があるのに・・どうしよう。

様子の変な私を見てSさんが「あのう。何日か前にAさんにいただいた薬が残っていますが飲みますか?強いですが」

よかった!それにしても1錠でピタッと治まるなんて、医者の薬はすごいです。


パリに行く途中で立ち寄ったモンサンミッシェル。以前は近くまで車で行くことが出来ましたが、今は沢山の方々が訪れるので、遠いところに大きな駐車場が出来ました。とにかく歩く、歩く・・・バス・・そしてまた歩く。門にはいると坂道で、建物は階段・・。

天気がよくて幸い。雨の日や真夏はちょっと・・キビシイです。

あたたかい日差し



 

旧石器時代の旅検〆命壁画と美しい村

 イタリア・フランスの洞窟遺跡は300程発見されていますが、その内一般公開されているのは30程だそうです。フランスで公開されている唯一色彩の美しい壁画、ファン・デ・ゴーム。これは感動的でした。1万5千年から1万年前の絵画は岩の立体感を生かし、彫られた上に黒と赤茶色の彩色が施されています。

 

イタリアから2日だけ参加したコンチータさんが長年の経験を生かしてコーディネートしてくれたおかげで、洞窟エリアではライフクォリティがぐっと上がりました。

ホテルもレストランも楚々としていながらしっかりとしたもてなしで、さりげなくあたたかい。調子の悪くなったメンバーがホテルで休んでいたら特製スープをわざわざ作ってくれたそうです。

 

長いバスの旅、途中で美しい小さな村に立ち寄りました。フランスの田舎では桜が満開、もしくは散りかけているものもありました。すこし肌寒い中、色とりどりの小さな花が目を喜ばせてくれます。

 

― 桜散りモネの庭なる公園よ  



フランスで最も美しい村100選というのがあるらしい。この村も登録されている。

地方の美しさを大切に残すために考えたのかもしれません。


村の中心は教会です



ゴッホの絵にあるような木


旅の途中いくつかのお墓がありました。近所から日常的に訪れるのでしょう。

たくさんの花がそなえてあります。


街角のギャラリー。留守番のワンちゃんです。





おかげさまで

 
フランスの郊外はほとんどがフランス語。洞窟を案内してくださる方もフランス語の方が多いのですが、考古学者サイモン氏が日仏英と堪能でほぼ完全に通訳して下さったので助かりました。縄文土偶のアニメを作ったサーラさんはイギリス人ですがフランス語が堪能なので現地での手配なども助けていただきました。

彼女のアニメは昨年の秋田のイベントでも上映され、夏にはまた来日したいとの事。この旅行中に随分日本語を覚えたようです。サラさんに“おかげさまで”の概念を聞かれました。具体的ではないことに感謝し、言葉で表現することに文化の違いを感じているようでした。「相手と神様に“おかげさまで”なんだよ」という小林先生の助け舟に再認識。


さて・・旅のアルバム番外編

駅でピアノを弾く人

無関心をよそおう人たち

クロマニヨンホテルの廊下には岩が突き出ている

あみだくじ

窓の外、あかるい!