蝋梅と須恵器

 

花屋の隅に、切り取られた小さな枝。

のこりものに福あり

薬壺のような須恵器に入れてみる。

生けるに短い枝、投げ入れるに花留めのきかない花器の、

曖昧な折り合い。

 

梅の開花

ひとり静かなお正月。自宅の花桶で梅が開花しました。
嬉しい!!!
暮れに撮影のために求めた苔梅で、花屋さんも蕾が硬いので咲かないだろうと、苔木として渡してくださったのです。
梅は一番好きな花。
10年以上前ですが、故・岡田幸三氏が自宅の庭に梅が咲いたと京都から運んで生けてくださったことを思い出しました。
新たな年なのだから先に進まなくては・・と思いつつ、さまざまな人との出会いを思い浮かべながら、あたたかい気持ちになりたい・・・時には立ち止まるのもいいかもしれない。

お正月休みは今日で終わり。(祥雲は7日からです)
明日は陶芸家・戸田浩二さんの窯出しに行ってまいります!

苔梅・平安時代の経筒にたてました。

木瓜も咲きました。




新春 花をたてること

 あけましておめでとうございます。

花をたてると、いつも心新たになります。
以前は一本に見えるほどに根元の締まったたて方が好きでしたが、最近は1枝1草の間隔を意識して、やや緩めにたてています。
時間の経過・出会い・さまざまな経験や気づきで花への感じ方は変わっていきます。

今春予定で写真集の出版が決まりました。
変化の年だった2012年と、自身で撮影した2013年の花を中心に収めました。



祥雲にて





2014年元旦 自宅にて

インド菩提樹

 

成功したようです。

部屋のインド菩提樹の枝を剪定した際に、小さな鉢に何本か挿してみたら、枝の先から新しい葉があらわれました。

釈迦は菩提樹の木の下で余計なことを考えずに瞑想したのでしょうが、私は凡人ですから眺めながらいろいろな事を思います。葉の先が長く伸びてインド人のおひげみたい・・ちょっと水をやりすぎただろうか・・など・・・・・

あっ観音の手!不揃いな葉の中に優雅に長く伸びる葉を見つけました。



下の1枚が元の葉で、他は挿木後に出てきました。



ひらりと優雅です。まるで観音さまの手。

ほおづき市

 

 2日間連続した雷と夕立の翌朝、浅草寺のほおづき市へ出かけました。ほおづきは雷除けのおまじないとだけあって絶妙なタイミングです。カンカンの炎天下に、たくさんの朱がまぶしく映えます。境内の片隅に出された園芸店でむらさきのホタルブクロの苗とサボテンにぴったりの素焼きの鉢を見つけました。

紙風船のようなほおづきを、そっと手提げに忍ばせて店に帰るとしましょう。

 

午後の来客と、夜の俳句の会に夏の色を添えて。

 

 

はなぐもり

 明るい日差しに満開のサクラもきれいですが、なんとなく今は強すぎて・・以前、誰かが”桜は苦手”と言った気持ちがわかるような気がします。

曇り空に映るサクラが好きです。透明感があって道行く人に無関心な感じで咲いているのがいい。









たてはな個展終了

今日でNYの「たてはな」の個展が終了しました。
ご覧になった方々が予備知識なく”祈り(宗教的)の花”と感じてくれたのが嬉しかったです。
今日でNYのコンテンポラリーウィークは終了して、今週末からアジアウィークです。2会場での展示会(JADA:Mika Gallery)の準備で忙しくなります。



オブジェー心像シリーズ

展示会のディスプレイ。剣と椿と桜(前)と
鏡と椿と猫柳(後)を藁にたてました。
硝子の器は高橋禎彦さんに作っていただきました。

以下は写真作品


Pray  タブノキ、ナデシコ、藁

海の中に生けた作品です。一緒に海に入ってびしょぬれになった二人もNYの初個展に来てくれました。見えませんが海の向こうは富士山。



Hotaru タブノキ シャクヤク 古銅花器

ホタルの短い命にささげる花の撮影では、みなかみまちの方にお世話になりました。


Breath シャクヤク 古銅花器

あちらの世界に手向けたシャクヤク


Breath シャクヤク 縄文土器

枯れているようで生きているような花。



NY近況

NYに到着してから連日、顧客との約束や展示会の打ち合わせなどでなんとなくスケジュールがいっぱい。

まだ、2週間前なのに、もう既にアジアウィークは始まっている!?


今回は例年通り、メトロポリタン美術館近くで行われるJADA展示に参加。同時期にMika Galleryで展示会を予定しています。


NYではその前にコンテンポラリーウィークがあり、今日は早く起きて、個展の為の花を調達するためにフラワーマーケットに行きました。

まだ暗いうちから続々と世界中の華やかな花々が入荷。じっくり眺めているといつの間にかどんどん売れて、8時過ぎには閉店の雰囲気です。

とりあえず、豊かな葉のツバキと、細めのネコヤナギを確保。さて松はどうしようか・・。


気さくな店員さん。花を眺めながらジョギングの足を休める人も。

こちらは「ばらずし」ーバラがすしずめ。

ベージュや深い赤などの大人色のバラは、つい欲しくなる。

これ、鉢植えの竹です。大きすぎ。

チューリップの奥に水仙。

椿―日本ではつぼみが好まれますが、こちらは大きくてたくさん咲いているのが自慢。



はなのはなし


曹洞宗婦人部の会合に招かれて「はな ひと うつわ」をテーマに講演しました。
約50名の住職の奥様方の中にはお花をなさる方が多いと伺い、緊張〜。
講演をするたびに、つくづく人前でお話するのは難しいと感じます。

S先生が病院の庭の梅を届けてくださいました。なんだか懐かしい梅の花。そういえば1年前に撮影のためにうかがって何本かいただいたのを思い出しました。去年の梅とは違う枝なのに再会したようで、花の生命は散った後も続くのだと感じました。
以前は珍しい花を生けるのも楽しかったのですが、最近は毎年同じ花を生けたいと思うようになりました。四季の移ろいを感じ、色々な事を思い出します。また、新たな花の表情を発見する場合もあります。
梅は一番好きな花です。
”老木にベビーフェイスや梅の花”




一枝の春

洗足池病院の佐藤院長が

「庭の梅をいかがですか?」

と勧めてくださったので、お言葉に甘えて鋏を片手に伺いました。

病院の待合室の信楽の壺と、ロビーに併設されたギャラリー古今の2階展示室の縄文に生けさせていただき、帰りに何本かの枝をいただきました。

梅は種類によって表情がちがいます。

細い枝に赤いガクの白い花は、桜のように、華やかながらも優しい風情です。

奈良時代までは花見というと梅だったそうです。

花を眺めながらほのかな香りに春を感じたのでしょう。

 

梅を折りて駅使に逢い

隴頭の人に寄与す

江南には有る所なく

聊か贈る一枝の春 

 

宋 陸凱が北方に住む友人に梅の一枝を贈ったときの詩。

まだまだ、東北にとって春は遠いですが、一枝に春の訪れを願いたいと思います。

ブログのデザインを、ひとあし早く”春バージョン”にしました。